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奥が深い柔道整復術!

膝を痛めて走ることをお休みして頂いているマラソン選手!少しでも筋肉を落とさないように自転車で負荷をかけるトレーニングをやり過ぎてしまい、下腿部の激しい筋肉痛に襲われたとのこと。膝の治療を終えたあとに、お悩みの激しい筋肉痛を取り去ることにしました。ベッドに仰向けになって頂き、膝を曲げた状態で整復操作1・2・3で整復完了!何をしても大丈夫になっています。「あれ!?えぇ~!」呆気にとられた後に驚いておられました。マッサージなどは必要ありません。即効性のある柔道整復術はもの凄く奥が深いものであり、しっかりと次世代につなげていきたいと考えています。先人たちに只管感謝致します。柴田佳一 深拝、


天の恵みを待っています

我が家のタマネギ畑です。立派に育ってくれているので来月の収穫が楽しみです。今日は午後から雨が降る予報でしたので、早朝5:00から畑に出て、ナス・キュウリ・トマト・ズッキーニ・スイカ・アマウリ・ピーマン・トウモロコシの苗を植えました。小矢部園芸高校で苗の販売会が4月27日にあり、ОBの方に持って来て頂いたナスとキュウリにトマトの苗です。「本当に感謝です」その方に『5月10日過ぎに植え付けをしたらいいですよ』と教えて頂いたので、それまでに他の苗も購入し、今日!植え付けました。我が家では、農薬や除草剤などの化学物質を使わない完全無農薬にこだわっています。安心安全な野菜を育てることは「丈夫なからだづくり」であると考えています。植え付けが終わった今!天の恵みである雨を待っているところです。ありがとうございます。^^/


足の痺れを取る方法

先日、腰を痛めた患者さんが来院されました。すぐに痛みは消え去り、喜ばれたのですが「実は、足の趾先が痺れていて困っているんです!何とかなりませんか!?」と仰るので『分かりました。すぐに痺れを取っちゃいましょう』とお伝えし、治療に当ります。『はい、如何でしょうか?』「あれ!?治った!!」と呆気にとられる患者さん。どのようにして痺れを消し去ったのかをお伝えします。一瞬で終わります!痺れがあり、なかなか治らないということがストレスになっていますので、写真の赤い点!背中の部分を押さえてみてください。痛みの強弱が、ストレスの度合いに比例します。さて、頭頂部の赤い点(百会)をやや強めに刺激を加えてください。さあ!足先の痺れを確認してみましょう。消え去っていれば終了です。まだ残っている場合は、繰り返し行なってください。如何でしょう!これが「三導療法!足の痺れを取る方法」です!どうぞお大事に。^^

 

富山県砺波市 柴田接骨院 柴田佳一 拝、


義仲の松と巴の松

埴生護國八幡宮の右に「義仲の松」と「巴の松」があります。手前右に「義仲の松」左奥に「巴の松」となっていて、案内板には、こう記されています。「義仲の松」と「巴の松」-経緯と由来-ここ小矢部市埴生は、寿永二年(一一八三)、木曾義仲率いる源氏軍が平家軍と戦った源平俱利伽羅合戦の地であり、義仲が戦勝を祈願した埴生八幡宮や、義仲と共に戦い、その後数奇な運命をたどり南砺市福光において九一歳で終焉を迎えたとされる巴御前ゆかりの史跡が多く残されている。この度、義仲・巴の顕彰を推進する関係者のご厚意により、義仲公と巴御前ゆかりの松の苗木を譲り受けて植樹し、日本史上傑出した二人の勇姿を偲ぶよすがとするものである。

 

□ 義仲の松 義仲公の菩提寺である長野県木曽町の徳音寺から、その苗を譲り受け育生していた木曽軍源義仲全国友の会(得能康生会長)より小矢部市に寄贈いただいたものである。植樹日平成二五年七月二十日

 

□ 巴の松 南砺市福光の巴塚公園には樹齢八百年と伝わる巴松があり、福光ネイティブ・トラスト(得能康生会長)は巴御前顕彰の一環として巴松の育生に取り組んでいる。この度、その苗を小矢部市に寄贈いただき植樹するものである。植樹日平成二十九年六月三日

 

『日本史上!傑出した二人を偲ぶよすがとするものである』とあります。正に俱利伽羅峠の戦いで、加勢した越中武士団と共に大勝利をおさめた益荒男と、女性でありながら数多くの武勇伝に心酔させられる二人に会いに来てしまうというか、足を運んでしまう僕たちなのでした。木曽軍源義仲全国友の会の会長さまはじめ、関係者のみなさまに感謝致します。柴田佳一 拝、

 


クマンバチ

クマンバチがツツジの花に摑まり、蜜を吸っていました。『ブーン』という音に、刺されるぅ~!と直感し、逃げようとしますが大丈夫です。クマンバチは花蜂ですので、我々人間には無関心!オスには、刺針はありません!メスだけにあるそうです!僕は子どもの頃から「クマンバチ」と呼んでいましたが、正しくは「クマバチ」写真は「キムネクマバチ」君です。たくさんのツツジの花の蜜を吸い放題!からだに花粉をたくさん付けて、いい仕事をしています。植物もクマンバチをはじめとした昆虫もお互いに役に立っていること。この世の中になくてはならない存在なのです。我々人間も何かの役に!いや、誰かの役に立っている!そして、なくてはならない存在なのだと「キムネクマバチ」君に教わった気がしています。


いよっ日本一

 

 「いよっ日本一」そう叫んでしまう源義仲公の銅像です。見上げると一瞬で圧倒される力強さがあります。『褒美など要らぬ、頼朝にくれてやる』侍(サムライ)はシャムラーイ(護る者)とお聞きしたことがあります。上洛を果たし法皇に謁見したときこそ、義仲公も、そして加勢した越中武士団も最大の誉であっただろうと思います。埴生護國八幡宮(富山県小矢部市埴生)の近くに陣を張ったのが1183年5月!今から丁度839年前になります。


GOGO!

実は5月5日から、七ちゃんの体重を減らそうと、いや嘘はいけませんね!僕の大きなお腹をぺったんこにする為に、みんなで早く起きて散歩をすることにしましたぁ。(笑)七ちゃんにハーネスを持って装着しようとして近づくと、ササッと逃げていくのが何ともかわいいです。でも散歩を終えますと、僕と同じで心地いい疲れがあるのか良く寝てくれますし、とても穏やかな気がします。やはり、散歩を始めたのが5月5日なので「GOGO!」で良かったな。と僕なりに思っています。そしたら七ちゃんが『続けようね』っていってくれました。ありがとう七ちゃん!^^/


旬の食材と備蓄の拡散

う~ちゃんに旬の食材を頂きました!「カタハ」と「フキ」です。葉と茎を切り分け、茹でました。お漬物に煮物、そしてマヨネーズ和えも美味しく頂けます。旬の山菜をはじめ、菜花やタケノコ、そして山椒などの料理は、我々のからだを健やかに保つため『人』に『良』いもの。即ち、本物の『食』なのです。除草剤や農薬などの化学物質を微塵も吸い込んでいないものに強く拘って食したいものです。東北の方からの情報で、今年は天候不良の影響が出そう!という考えのもと、食料品の備蓄が広まっているそうです。僕たちも去年からお伝えしていますが、ドンドン拡散され日本中に広がればと思っています。「東北の方に感謝です」^^

 


葵塚(あおいづか)

葵塚(あおいづか)です。源平合戦俱利伽羅峠の戦いで、砺波山にて葵御前は命を落としました。20代後半であろうと推察します。91歳の生涯を生き抜いた巴御前は、亡くなる前に『葵の近くに埋葬してほしい』と越中福満の石黒氏に依頼し、葵塚の右側やや高き所に巴塚があります。葵塚碑文には「葵は寿永二年五月砺波山の戦に討死す 屍を此の地に埋め墳を築かしむ」これもまた朽ちたのか、削られたのか巴塚と同様になっていました。からだが弱く、とても戦場に立つことは叶わない葵御前!義仲公への篤き思いが、巴御前と並び青い薙刀を振り回し武功を挙げたのだろうと思います。若くして命を落としましたが、義仲公への篤き思いからすれば、葵御前は本望であったろうと僕は思います。「葵さん、また伺いますね」合掌。


巴塚

今日は良い天候にも恵まれ、富山県小矢部市にご鎮座になります埴生護國八幡宮に参拝を済ませてから、巴塚と葵塚へと足を運びました。やはり大河ドラマ『鎌倉殿の13人』への注目度は高く、俱利伽羅合戦の地は、今まで以上の人気でありました。巴塚では、巴御前は91歳の生涯を懸命に生きたという充実感を感じたのですが、左に位置する葵御前の葵塚では、若くして夢半ばで亡くなった故なのか、もの哀しい感じというか、そんな思いが込みあげてきました。僕的には、ふたりの御前の塚の碑文が朽ちていたのか、故意に削られたのか分かりませんが、碑に傷みがあることに少し残念に思いました。「また会いに行きますね!」合掌。