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三導療法!(頭痛編)4

今回の三導療法は、梅雨の時期に多くなる『アノ何とも言えない憂鬱感』や頭全体の鈍痛を簡単な動きを使って消し去ってみたいと思います。

 

左の写真をご覧ください!頭頂部を示しています。鼻と耳尖端の延長線上の交わる所が頭頂部(百会)という重要点です。

 

前回の頭髪を指で絡めて引きあげたのが(百会)周辺の毛髪であり同じくらいの刺激効果が得られます。

 

今回の4では、ご自分でも出来ない事はないのですが、相手と椅子があれば鬼に金棒です。よろしくお願い致します。^^

 

1. 頭重の方は椅子に座ります。(背もたれはどちらでも可です)

2. 相手の方は後方に立ち、頭頂部に両人差し指をおきます。

3. 他の指を広げて、頭を包み込むようにおきます。

4. 両人差し指を曲げて頭頂部を少しづつ圧迫していきます。

5. 圧迫されている方は、頭を垂直に上に伸ばしていきます。

6. 伸ばしきったら普通に呼吸を行ないます。

7. 3回目の呼気(はく時)その瞬間ストンと一気に脱力します。

 

✩ 大切なポイントは『呼気の瞬間における一気の脱力です

 

頭の鈍痛や2kgの帽子、または鎧をかぶったような感じは吹き飛んだのではないでしょうか?

 

柴田接骨院では、業務範囲はもちろんのこと!その他の良い情報をドンドン発信していきます。医師のいない避難所やその他の場所であっても、知り得た者が困っている方々を元気づけ!対処出来るように共に頑張っていきたいと考えています。

 

困っている方がいます!そこにはあなたしかいません。

「資格がない」なんて言っている場合ではないのです。

そう僕たちは考えています。

 

一考一助になれば幸いです。拝、


三導療法!(頭痛編)3

今回の三導療法(頭痛編)は、梅雨の時期に多い頭重と、頭部の全体的な痛み(激痛は除く)をスッキリとさせてみたいと思います。

 

左の写真をご覧ください。頭頂部の髪を範囲内で集め、指に絡めます。

あとは上方に引きあげます。一気でなくゆっくりがよろしいかと思います。気持ちの良いスッキリ感が得られる位の強さであれば即効します。視界が広がり明るさが増していれば、頭重や痛みは解消していると思います。

 

柴田接骨院の三導療法は、簡単に且つ即効性のある方法である事は行なってみた方であれば、ご理解して頂けるかと存じます。よろしければ、周りで困っておられる方にお伝えしてください。

 

お薬は必要であるという事を認めたうえで、副作用の心配もない方法があるならばドンドン発信して、多くの方々と共有したい!これが柴田接骨院の信念です。

 

次回は、動きを利用して痛みや、気分がすぐれない!などの憂鬱感を吹き飛ばしてみたいと思います。

 

一助になれば。


三導療法!(多汗症)

今回の三導療法は、「手に汗握る」という言葉通りの症状でお困りの方から、要望がありましたのでお伝えします。緊張感が少しでもあると、手のひらから汗が大量に出て、ハンカチも絞れる位になる方も多いのではないかと思います。思春期に多く、年齢を重ねるに従って治まっていきますが、触る所々が濡れるので、引っ込み思案になったりする事もあるようですが大丈夫です!即効性はありませんが確実に良くなる期間が早まります。

 

左上の写真をご覧ください。手のひらの正中(中心)に青い点が示されています!そこが重要点です。先ずは深呼吸を3回してから、ご自分の指やボールペンのペン先、つま楊枝の頭の丸い部分で重要点をやや強めに押して刺激を加えてください。あまり痛くないような刺激を5分程度!加えて頂ければよろしいかと思います。これを毎日継続して行なってください。「継続は力なり!」^^/

 

一考一助になればと存じます。


三導療法!(頭痛編)2

今回も前回に引き続き、梅雨時期に多いアノ嫌~な頭痛を取り去りたいと思います。

 

色々な痛みのタイプに応じて、方法が違ってきますので、選べるようにひとつひとつ別けてお伝えします。

 

今回、用意していただくものは、つま楊枝一本!これだけです。尖った部分ではなく、反対側の丸い頭の部分を使用しますので、お間違えのないようにお願いします。^^

 

今回の頭痛のタイプは、目の奥が痛む前頭痛や側頭痛です。簡単に且つ即効しますので、しっかりと覚えて頂ければうれしいです。

 

左上の写真をご覧ください。右目の眉の横に、金色の棒の先端が当たっている場所が重要点です。先ず、その部分にご自分の人差し指を当てて、軽めに押してみます。

 

眼窩という場所であり、くぼみをお感じになられると思います。その重要点につま楊枝の丸い頭の部分を当てて、押していくとズン!と響く感じがすると思います。それから1.2.3と数えます。

 

ゆっくりとつま楊枝を外します!痛みが去っていれば終了です。

 

左右、両方をされれば、とても良い結果が得られますので、是非行なってみてください。注意して頂く事は、鋭い尖端はもちろんの事と、清潔なつま楊枝をご使用して頂く事です。(お願いします)

 

次回は、手のひらの汗が多くて、すぐにハンカチもビショビショ

になってお困りの方から要望がありましたので、取り上げます。

梅雨時期の(頭痛編)3は、そのあとに続きます。

 

一助になれば。


三導療法!(頭痛編)

今回の三導療法は、梅雨に入りますと同時にはじまる「あの嫌~な頭痛や頭重、そして倦怠感」を簡単に取り去ってみたいと思います。

 

梅雨は低気圧が居座っている状態であり、上空から圧力をかけられているというか、押さえられている状態であると考えてよろしいかと思いますし、ごしんじょう療法でも邪気と捉えています。

 

梅雨の時期になると、薬局にて頭痛薬を買い求める方が増えると聞いています。服用されると鎮痛作用で少しは楽になりますが、副作用というか眠気が出てきますので、運転などは危険になります。

 

そんな時こそ、柴田接骨院の三導療法がお役に立てればと存じます。接骨院の業務範囲ではないのですが、良い情報はこれからもドンドン発信していき、医療費の削減にも微力ではあっても貢献できるものと信じています。

 

梅雨時期の不快な症状は、ひとによって違いがありますが、今回の頭痛編は前頭痛を取り上げます。左上の写真をご覧ください。人差指の第2関節に青い点が示されています。そこが重要点です。

 

人差指を曲げるとシワが現れます!その先端の少し上をボールペンのペン先か、つま楊枝の丸い頭の部分でやや強めに直圧してください。頭の前面の痛みは取り去れると思います。

 

柴田接骨院の三導療法!(頭痛編)は、梅雨を少しでも快適に過ごしていただく為に、続編としていくつかの方法をお伝えしたいと思います。一助になればと存じます。

 

 

 


薬師温泉へ行きました。

昨日の日曜日は早朝から柴田接骨院横にあるグランドの草刈りを50人位で行ない、終了次第田圃の畦草を刈り、家の周辺も綺麗にしました。

 

シャワーを済ませて薬師温泉庄永閣さんへと地域の方たちと向かいました。田植えがようやく終わり「お疲れ様!のんびりしられ」とばかりの恒例行事です。薬師如来のお導きによって開湯した温泉だそうで、温度はややぬるめでしたが、身体がポカポカ温まり、あがった後も汗がふき出してきます。(感謝!本当に良い温泉でした)

 

温泉にゆっくり浸かったあとは、宴席へと時が流れていきます。おいしい料理に旨いお酒が、みんなの笑顔をピンク色に染めていきます。話にはなしの花が咲き、笑い声が所々に聞こえます。

 

日本人ならではの万歳三唱をして、再び飲み直しです。

 

心地よく頂いたお酒も、足どり見れば千鳥足。反省もそこそこに「明日からまたがんばるぞ~!」と肩を組み。

えへへ。^^

 

 

 


国歌斉唱!君が代。

昨日は大相撲も千秋楽で、2週間もアッという間に過ぎ去ってしまいました。やはり!東の正位横綱である白鵬の強さだけが目立つというか、際立っていました。

 

十枚目の逸ノ城をはじめ、連続勝ち越しの照ノ富士など、横綱の雰囲気を何かしら持っている力士がドンドン成長しています。大関陣や関脇、小結などはより一層の稽古と精神面を鍛えてゆかねばなりません。

 

僕たちは、ここ富山からエールを送ります。『喝!前進あるのみ』

 

白鵬の29回目の優勝のあと日本中に国歌「君が代」が鳴り響きました。国技館では全員が起立し姿勢を正し、テレビ桟敷では正座をし本当に多くの方々が、『君が代斉唱』をされました。

 

単なるスポーツではない『大相撲』によって、日本の大切なこころを気づかされた。と感ずるのは、決して僕たちだけではない。などと、偉そうにも思った次第です。拝、


いのち。

5月4日に友犬チャロ君の事を記したブログの中に、老いていくのは犬であれ、ひとであれ変わりはなく、心臓の鼓動の数は等しく同じであろうと僕は思うのです。与えられた命を精一杯全うすることが、幸せな生き方なのだろう。と、チャロ君を見ていてそう思いました。(5/4友犬より引用)そう!思ったままをそのままお伝えしました。不思議なもので、迎えた良書の中に正に!同じような事が書かれていたのです。以下一部引用致します。

 

(一部引用転載開始)

生物にはそれぞれ、生まれながらの寿命があります。ゾウが六十年から七十年で、ネズミは五年くらいです。すると、ゾウは長命でネズミは短命だと思われるでしょう。けれどもそれは違います。

 

生物が一生涯に打つ心臓の鼓動の数は決まっている。という研究があります。哺乳類なら、体の大きさにかかわらず、一生に二十億回打つそうです。つまり、その限られた数を「たたた」と打てば早く終わり「たっ・・・たっ・・・たっ・・・」とゆっくり打てば長くもつということです。

 

ですからゾウの六十年とネズミの五年は、年月こそ違いますが、鼓動のスピードが違うだけで結局は同じこと、命の長さは同じだと私は思います。

(一部引用転載終了)

 

僕は何故か不思議と子供の頃から、そう思っていました。子ネコを親に見つからぬように飼い、姉に見せて仲間に引き込んで。(笑)

とうとう親を説得して、家の飼いネコにし、一緒に布団に包まって寝たときに、心臓の鼓動の早さにビックリ!?それからですね。

 

友犬チャロ君は、17年と5か月を懸命に生き抜きました。人間からすれば短く思います。然し、犬とすれば大往生ではなかったかと思うのです。それぞれにあたわったいのち。決められた日まで大切にそして感謝の念を忘れずに立派に行(生)きたいものです。(礼)


「老いる」という言葉。

「老いる」という言葉は簡単に使っていますが、思い込みで頭に入っていると思われる意味は全く違うものでした。やはり!思い込みの多さに気づかされます。(感謝)

 

迎えた良書にそのことが書かれていました。著者の故葉室頼昭氏は、お公家はんの中でも特別というか別格のお家柄であります。草冠の姓でありますから、どういうお方かお分かりになると存じます。

 

「老いる」という言葉は、大和ことばで「お」というのは尊敬であります。「い」は、いのち。「る」は、何々を続けるという意味であります。「老いる」とは『衰えるなどという意味ではなく、立派に長い間、生き続ける』という意味です。

 

僕は、当り前のように「老いる」とは、衰える老けることであると思っていました。然し、全く違う意味であったとは齢50を過ぎてはいても知りませんでした。

 

思い込み!とは、はがれて初めて理解できることであり、正に目から鱗でありました。今後も大和ことばで、このすばらしい日本語を読み解きたいと思います。拝、

 


原点に帰ろう!

先日、友人から田植えを終えたあとの水面に映る神社の美しい姿が送られてきましたので、日頃の感謝の意味を込めて載せました。ありがとうございます。(礼)

 

日本人にとってなくてはならないお米は稲

(いね)にたわわに実ります。春日大社前

宮司の葉室頼昭氏は(いね)とは、命の根

のちの、であると。これは正にすべて僕のこころに心地よく入ってきました。ありがとうございます。

 

前ブログで紹介した良書の1冊の『はしがき』に僕たちが今!大切に考えているその通りのことがありました。胸の高まる思いです!

神道<徳>に目覚める。の『はしがき』より引用致します。

 

(引用転載開始)

現代の日本の姿を見ていますと、企業では汚職、倒産などが毎日のように見られ、また理由なき凶悪な犯罪が、毎日のように日本のどこかで起こっています。また、若者の横暴は、目にあまるものがあり、他人の迷惑など少しも考えず、自分勝手な行動をしています。

 

これは、日本の国始まって以来の乱れた姿ではないでしょうか。どうしてここまで、日本の国は堕ちてしまったのでしょうか。これはもちろん、戦争に敗れ、日本の過去の歴史や伝統を否定し、日本の過去はすべて悪いものである。日本人は劣った民族であるという考えにマインドコントロールされて、なにごともアメリカ一辺倒で物質万能、知識だけの教育を行い、政治は経済発展など目先のことだけに明け暮れ、学校教育はただ知識だけを与え、いい学校に入り、

いい会社に就職することのみを、われわれが行なってきた結果でありましょう。

 

日本の祖先たちが伝えてきた、日本の国をよい国にする、また、よい人間を育てるということを全く忘れはてて、半世紀も過ぎてしまった結果、当然なるべくしてなった日本の姿なのです。

 

、中国や朝鮮から文明が輸入され、その当時の若い人々がそれに没頭して日本本来の姿を忘れたため、原点に戻らなければいけないと『古事記』が記されました。また、江戸時代、武士たちは儒教の思想にあまりにも深く感化され、これまた日本本来のこころを忘れてしまったので、日本人の原点に戻らねばならないと、国学者・本居宣長が『古事記伝』を書きました。

 

このように過去にも、たびたび日本人の原点に帰ろうとした歴史があります。しかし、現代の外国一辺倒の姿は、そうした昔とは比較にならないほどの乱れ方です。このままでは、日本の国ばかりか、

日本人の滅亡にさえつながりかねない、きわめて重大な事態だと思います。

 

それゆえ、今こそ祖先の行なってきた「徳」に目覚め、立派な人間を育てる教育に目覚めなければなりません。目先の我欲を捨てて、

日本の国の幸せ、そして自分以外の幸せ、すなわち神さまや祖先、そして周りの人々の幸せのために生きる人生に、本当に目覚めなければならないと思います。本書が少しでもそのために、お役に立つならば幸いです。

(引用転載終了)

 

今のこのような世の中で良いはずはない!と、僕たちは考えています。一昔の日本の姿を戻し、そのなかで生活してみたい!と、何故か不思議と思い続けています。拝、