越中一宮高瀬神社の御神木を眺めたものです。神々しさが眩しさとともに感じられ、何とも言えない瞬間なのです。感謝です!
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今日は早朝から、一斉草刈りの準備の為に集まって状況確認をすることから始まって、何やら飛び回ってばかりでした。ぶらり寄った友人宅で空を見上げて拳を天に突き出すと「う~ん気持ちいい~」背伸びってやっぱりスッキリしますね。
僕の横で『ホントにきょうは気持ちいいですね~』って言ってくれたサクラちゃんなのでした。^^
喘息にお困りの方は少なくないと思います。簡単な方法で笑顔になって頂きたいと今回!喘息に良い方法をお伝えしたいと思います!よろしくお願い致します。
左上の写真をご覧ください。手のひらの人差し指と中指の間に緑の点が示されています。ここが重要点ですので、つま楊枝の丸い頭の部分でやや強めに刺激を加えてください。1・2・3でよろしいと思います。
右上の写真は首をさげた状態で、首の骨がひとつ出ています!その下の部分をつま楊枝の丸い頭の部分で同様に刺激を加えてください。その周囲を指で刺激を加えてもよろしいです。またその周囲を乾布摩擦や、お湯に浸した温かいタオルを絞って当ててもよろしいです。温めることも大切なのです。
勿論!専門医への受診は必要ですが、受診後も続いているようであれば是非!行なってみてくださいね。
一考一助になればと存じます。
お大事に。
治療室の窓辺にさり気なくあるサボテンに花が咲きました。実は、このサボテン!柴田接骨院の看板犬である七ちゃんに叩かれてから、一気に咲き出したのです。陽射しの温かい窓辺にやって来た七ちゃん!何を思ったのか「猫パンチ」のような「七パンチ」をいきなりサボテンに浴びせたのです。(思わずビックリな僕)^^/
その「七パンチ」が良い刺激となって功を奏したのかどうかは分かりませんが、とにかく咲き出したのには七ちゃんが関わっているのです。これからも咲かぬものには「七パンチ」をお願いしようと思っている次第です。(笑)
越中一宮高瀬神社にて今月の言葉を頂いて参りました。本当にいつもお世話になりありがとうございます。先日も従妹の結婚式に出席し、縁結びの神様の御前で二人の門出を祝って参りました。越中一宮高瀬神社今月の言葉を紹介させて頂きます。
(転載開始)
父母に孝に 兄弟に友に 夫婦相和し 朋友相信じ
(父母に孝行し、兄弟は仲良く、夫婦は仲睦まじく、友達とは信じ合い)
『教育勅語』より抜粋。両親には「ありがとう」と感謝し、兄弟とは「一緒に頑張ろう」と仲良く励ましあい、夫婦は「二人で助け合おう」と協力し、友達とは信じ合えるようにしようという意味。
旧来の教えは、価値観の変化によって徐々に忘れられていきます。しかし、一二〇年以上前に発布された『教育勅語』の右の言葉は、時代を問わず、人々が大切にしなければいけない不変の考えと言えるでしょう。勅語の一文に限らず、先人の教えの中には、現在では失われつつある大切なことが記されており、「古い考えだ」と切り捨てず、一度意味を考えてみましょう。
(転載終了)
最近!『教育勅語』という言葉をよく耳にすると感じているのは僕だけではないと思います。僕はこの時期にこのようになっているのは、何かしら意味があるのではないかと感じています。
越中一宮高瀬神社今月の言葉を頂いて、日本人が失いつつある大切なものは「古今東西不変」であると改めてもう一度!刻み込む思いでいます。
ありがとうございます。
柴田佳一 拝、
5月7日に誉建神社火祭りが厳かに行なわれ、その火産靈鎮祭之符が、各家庭に届けられました。
「ほむすびちんさいのふ」と読みます。イザナミノミコトが最後に産んだ神さま『火の神』だった為に火傷を負い亡くなってしまいました。神話は奥が深いですね。
火は料理をするにも暖をとるにも大変ありがたいものです。然し!使い方を間違うと勢いを増し、もの凄い速さで広がって行きます。安易な気持ちで扱うことの無きようにしたいと思います。
その思いを大切に台所に納めさせて頂きました。
どうぞよろしくお願い致します。
柴田佳一 拝、
雨上がりのてっせん!柴田接骨院の横に咲き始めました。枯れてしまって紙紐のようになっていた茎から芽吹き出し、いつのまにやらこのように美しい花を咲かせ「どおだあ」と僕をビックリさせるのです。^^
雪解けから、どう見ても「枯れていた」のですが、現在の姿からその大きなギャップが不思議と笑いを誘います。先日も一輪挿しにと患者さんにお勧めしました。これほど存在感抜群の一輪挿しはありません。(あくまでも僕的にですが)^^/
お昼休みの雨上がり、七ちゃんを抱いてぶらりと出た途端に「どおだあ!」と、てっせんに呼び止められて撮った一枚です。
5月7日にハニー先生にトリミングをお願いしていたのですが、夜高行燈作業と火祭りがありましたので8日の月曜日に17回目のトリミングとなりました。「大分!おとなになっておとなしくなりましたよぉ~」と、ハニー先生。本当にありがとうございます。^^
最近!真夏日もありましたので、少しだけ夏バージョンにして頂きました。顔もちっちゃくて可愛くなり、七ちゃん大満足なのです。
大満足は我が家の七ちゃんばかりではありません!友人の愛犬モコちゃんも同じ日にトリミングをして大満足なのです。可愛いモコちゃんを見て僕たち夫婦も笑顔になりました。^^
「モコちゃ~ん!遊びにおいで~っ待ってるよぉ~ワン」七より。
昨日は5月7日、誉建神社火祭りに参拝させて頂きました。河合宮司さんはじめ、三役・宮委員、地区委員
・消防隊長・有志の皆さんが参列され、僕も末席に加えさせて頂きました。「ありがとうございました」
今回の火祭りでは、区長さんから「火祭りの謂れ」が話されました。昭和19年5月7日、一町五ケ村を焼く大火が発生。当地区では8軒を焼く惨事となりました。この惨事を風化することなく後世の人々に語り継ぐことが大切。という考えのもと!大火の当日である5月7日を誉建神社火祭りとして毎年執り行われています。(拝)
以下、被災された家の当主が保存されていた昭和19年5月7日発行の北日本新聞を一部引用転載致します。(現代文にて転載)
(引用転載開始)
出町附近の大火 一町五ケ村を焼く
七日午前十一時五十分西砺波郡藪波村浅地吉岡太郎平さん方附近から出火住宅四戸を全焼、同村東北水島村に飛び火して五戸を焼き、若林西中六戸、狐島七戸を焼き、更に林村に飛び火、日詰一戸、荒屋敷四戸の一部まで八㌔にわたって延焼計二十九戸を焼いて鎮火したが、更に午後二時頃東礪波郡出町川原新町高桑兼造さん方附近より出火、川原新町、木舟町、一番町を全焼、東町の一部(主なる建物=神明社眞如院、出町劇場、園芸試験場出町分場、修練道場、比翼園等)を焼き、火は更に庄下村に飛んで十一戸を焼き六時鎮火した。焼失総戸数約二百五十戸、なお出町の火事で城端線は高岡=油田間、城端=出町間折り返し運転している。
判明する罹災者左のごとし (以下省略)
(引用転載終了)
まだ戦時中の出来事であり、知り得る方も限られていることも事実です。この機会に語り継ぐ大切さを気づかせてくださいました区長さんをはじめ、みなさんに感謝を込めて・・・。
本当にありがとうございました。
柴田佳一 拝、
今朝8:00から、夜高祭りの準備作業に行って来ました。有志一同一致団結して作業に当たる為、仕事も捗り約50分で終了しました。
明日からいよいよ夜高行燈の製作がスタートします。地区のたくさんの方々が、仕事を終えてから作成に当たることになります。もちろんすべてを終えてからの懇親会もあり、賑やかな1ヵ月間となりそうです。みなさん何卒よろしくお願い致します。
今年も日本全土の五穀豊穣をこころから願っています。
柴田佳一 拝、