とれたてblog

TOP > とれたてblog

チャロ&七

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チャロ君と七ちゃんです。チャロ君は天国にいますが、七ちゃんは僕たちのそばから離れませ~ん。甘えん坊の七ちゃんです。チャロお兄ちゃん七を守ってね!お願いしまあ~す!^^/


抱っこしてぇ~

今日の午前中診療が混み合った為に。お昼ご飯が少し遅れました。七ちゃんに構ってあげられなかったので『抱っこしてぇ~』とやって来ました。サザエさんのタラちゃんのように「チンチロリン」的な感じでやって来ます。^^

 

抱っこして僕の肩に乗っている七ちゃんです。ちょっと右目に涙が出ています。最近!本当に表情が豊かになってきて、ビックリすることが多くなりました。2歳と半年を過ぎて、意思の疎通もバッチリです!よく食べ、よく遊び、そしてよく眠る七ちゃんなのです。


改竄の文字から

最近!Newsや新聞などで、よく目にする「改竄」かいざんという一文字には、何故か「穴」と「鼠」あなとねずみが入っています。「改竄」の意は『文書の文字を書き換える事』悪用する場合にいう言葉です。「ねずみ」は夜行性で、ひとが寝ている間に食べ物を食べることから『寝盗み』そこからきているといいます。「ねずみ」からすれば、生きていく為に懸命に食べ物を探し、家族や仲間に教え、共に暮らしているだけに過ぎないと思うのですが、人間からすれば盗られたとなりますよね。「こそ泥にやられちゃった」的かな。

 

このように「鼠」は、ひとが見ていないところで、こっそりと悪いことをするものの喩えに使われます。思えば、少しかわいそうな感じがします。

 

『歪』(ゆがみ)は「不」と「正」で成立しています。「穴」と「鼠」で『竄』が成立します。日本語というか漢字という文字は、その状況を的確に!そして意味深く!表現しているものだと改めて感じ入った次第です。

だけど『改竄』はやめましょう!!!^^/

 


新十両初白星

大相撲三月大阪場所三日目の十両最初の一番は、新十両の貴公俊と炎鵬の注目する一番でした。大きな貴公俊に低く入り込んで下手出し投げ!炎鵬の勝ちで関取初白星をあげました。一年で関取となるスピード出世の小兵力士と、双子の関取という注目力士同士!これからも大相撲を盛り上げてほしいと大きな期待を寄せている僕と七ちゃんなのでありました。^^


7年を経過しても

春を告げる福寿草です。昨日は、3月11日!東日本大震災から7年を迎えました。然し!今なお、73,000人の避難者がおられます。「もう7年まだ7年」地元紙北日本新聞の一面を大きな文字で書かれていました。このブログがきっかけとなり、気仙沼線普及委員会のみなさん、元幕の内力士大至さんと縁あって繋がり、震災後の風化をさせない思いを強くしました。7年を経過しても同じ思いです・・・・。

 

柴田佳一 拝、


誉建神社春の大祭

本日午後2時より、誉建神社春の大祭に参拝させて頂きました。天候にも恵まれ、昨年よりもたくさんの方々が参拝されました。この良き流れで五穀豊穣、みなが健康で過ごせますようにご祈念申し上げて参りました。ありがとうございます。(感謝)


霧島連山新燃岳爆発的噴火

今日9日午前10時10分頃、鹿児島県霧島連山新燃岳の火口から溶岩が流れ出ました。左の写真はその時のものです!

 

そして、続いて午後4時前に爆発的噴火が発生!噴煙も3200メートル、噴石も800メートルということです!僕は、阪神淡路大震災後に地震の専門家の話を聞いたことを思い出しました。「もしも台湾で大きな地震が発生した後に、九州で地震や火山の噴火などがあると!気をつけなければならない」というもの。

 

僕は何も、不安を煽っているのではありません。『不備のないように心がけたい』と思うのです。

 

一考一助になればと存じます。

柴田佳一 拝、


昇龍

朝焼けなのですが、龍が登って行くように見えて撮った一枚です。一瞬の変化に驚きを感ずるもので、同じものはないのです。一瞬一瞬に何か不思議と凄さを感じています。


ワンパンありがとう

 

『モコママさん!おいしいワンパンありがとう』七ちゃんの顔を見てもわかるように美味しいんです。袋から出したら、もうそこにチョコンとお座りをして待っている七ちゃんなのでありました。


強い男

尊敬する田中角栄氏が残した言葉に「私が総理の時には、資源外交に最大の力を入れた。まだ石油が高くない頃だったが、日本にとって資源問題は、国の存在に関わる問題だ!という認識があったからだ」という正に引けを取らない強気の言葉が日本人の心を熱くしました。

 

1973年10月、第4次中東戦争勃発を機にアラブ産油諸国が石油価格を引き上げ、ユダヤ石油資本に対して反乱を起こした。アラブ寄りの国以外には石油の輸出を制限したのである。アメリカは、あのキッシンジャー国務長官を通じて、日米関係を盾に日本国がアラブ寄りになる事を牽制した。然し!田中角栄氏はアメリカが日本に石油を回してくれない以上、独自の外交方針をとるしかない。と、完璧に突き放したのである。左上の写真は1972年ハワイにてアメリカのニクソンと会談した時のもので、石油外交に一歩も引けを取らず!強気で日本の国益を守る。という田中角栄氏の姿勢が強く感じられます。そしてこのあとロッキード事件が起こります。

 

口だけではない強い男を僕は見て、そして知っています。

柴田佳一 拝、