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鏡開き

きのうは1月11日鏡開きでした。僕は還暦の身祝いでしたので、誉建神社に紅白のお餅を奉納させて頂きました。しかしなかなか固くて開くことが出来ませんでしたので、お願いしたお店で開いて頂きました。「本当に助かりました!ありがとうございました」(感謝)鏡開き後は、妻に『ぜんざい』を作ってもらい皆で頂きました。『ぜんざい』は「神在」(じんざい)から転訛したものだそうです!本当に知らず知らずのうちにそうしているなんて、やはり日本人って奥が深いですね。^^/


神道の奥深さ

以前にも神社の入り口にある鳥居や拝殿前!本殿前にあります注連縄(しめなわ)のお話しを『かみなり』から、させて頂きました。注連縄は『雲』であり、紙垂(しで)は『稲光』そして3つの注連子(しめこ)は『雨』を表しています。拝殿前には、本坪鈴に鈴緒がさがっています。これは正に『雷鳴』となります。何も知らずに「うわ~っ天気わるうなってきた!わっ光った!『ドド~ン』わ~雷さん鳴ったあ!」この光景が正にそのことだと気づかずに過ごしています。僕は『見たら分かるでしょ!?』と、どなたかに言われたような気がしています。いやあ、日本人のこころに宿っている神道って本当に奥が深いですね。


砺波の屋敷林を大切にしたい

令和3年12月29日の北日本新聞11頁(つなぐ)に『野焼き禁止に例外規定を』という題名の記事が目に留まりました。僕の住む富山県砺波市は屋敷林(かいにょ)のある景観があります。昔からの生活様式であり、写真のように落ち葉や小枝を集めては『焚き火』をし、そのなかにサツマイモやジャガイモを入れて焼き、アツアツを美味しく頂いていた頃を懐かしく思い出します。以下、お許しを得て転載させて頂きます。

 

(引用転載開始)

  万機公論 野焼き禁止に例外規定を

    カイニョお手入れ支援隊代表 松田 憲

砺波平野に、屋敷林(カイニョ)のある家が黒々と浮かんで見える散居村の景観。先人が残してくれた貴重な財産です。しかし今、散居景観を織りなす屋敷林が、次から次へと切られ、存亡の危機にあります。屋敷林の剪定枝や落ち葉を燃やすことが「野焼き禁止」として取り締まりの対象となり、維持できないとの理由で、やむなく伐採されているからです。高齢化が進み、「維持管理が大変だから」「子どもたちに負の遺産を残したくない」など理由はさまざまですが、「野焼き禁止」が伐採に拍車を掛けた面は否定できません。この「野焼き禁止」は、例外として認められるケースがあります。その一つが落ち葉を燃やす「たき火」です。果樹栽培が盛んな長野県小布施町は、果樹の剪定枝を燃やすことを、例外の一つである「農業を営むためにやむを得ぬもの」として認めています。剪定枝を移動させると、果樹の病気がまん延する危険性があります。その場で燃やし、重要な果樹産業が大打撃を受けるのを防いでいるのです。中尊寺や毛越寺などの世界遺産で有名な岩手県平泉町は、観光産業を守るため、剪定枝や落ち葉はもちろん、空き地で刈り取った草まで焼却できます。いずれも産業保護の観点から、禁止の例外規定を使っています。砺波市は条例や景観まちづくり計画を定めて、散居村の景観を守ろうとしています。他県の例を参考に、市も禁止の例外規定の「たき火」として、落ち葉や剪定枝を処理することはできないでしょうか。これから人口減少が加速します。砺波が「住んでみたい」「住み続けたい」と、選ばれる市であり続けるためには、他の地域にはない魅力、散居村の景観を守り、消滅都市とならないようにすべきです。散居村の景観は一度失うと、永遠になくなってしまいます。市民一人一人に考えてほしい問題です。

(引用転載終了)

 

最近!『野焼き』はありませんが『焚き火』も今に厳しく規制される雰囲気を感じています。落ち葉や小枝などもゴミ袋に入れて搬出して処分するという現状です。落ち葉や小枝は『焚き火』を行ない灰にすれば素晴らしい肥料となることは言うまでもなく!自然界の循環だと僕は思うのです。以前にもお伝えしましたが、僕は、畑に落ち葉や小枝を畝のように置き、腐葉土から肥沃な土壌に変換させています。あと多すぎる場合は屋敷に穴を掘り、そこに落ち葉や小枝を入れて埋めています。これだけでも翌年には良い土になっています。『焚』の字は見ての通り『林』と『火』であり、屋敷林の存続に対して循環型の理にかなうものではないでしょうか?

 

今日!令和4年1月7日の北日本新聞26頁(社会・地域ニュース)でも砺波五鹿屋地区の有志のみなさんが住民アンケートを行なった『剪定枝処理に「たき火」OK?』の結果!全641戸中、490戸が回答!認めるべきと答えたのは散村地域で72%だったのに対し、住宅街では17%にとどまり、見解の相違がみられました。いつの日か、砺波市民だけではなく!他の地域のみなさんに周知され、先人たちからのバトンをしっかりと受けとめることができると僕は信じています。「松田さん!ありがとうございます」柴田佳一 拝、


これから

今年も家族で日本海へ「禊ぎ」に行こうと思っています。何か不思議と行きたくなるので足が向いてしまうのです。冷たく感じるはずなのにあとでポカポカとしてくるのです。よく若いご神職のみなさんが褌姿で雪の中!祝詞を奏上しておられる「禊ぎ」を目にする度にそう思います。南砺市にご鎮座になります越中一宮高瀬神社に出雲大社の大注連縄がおかかりになったと聞いていますので、高瀬神社にも参拝させて頂き、お目にかかりたいと思っています。


誉建神社元始祭

今日は誉建神社の元始祭に参拝してきました。還暦とあわせて柴田接骨院ともにご祈祷して頂きました。頃奈の影響で直会は中止!これもまた致し方ありません。この写真は頃奈以前のもので、賑やかに挙行された少し懐かしい思いが致します。いつの日か必ず!このようなお祭りがなされますよう祈念したいと思います。「ありがとうございます」


元(はじめ)の日に

新年あけましておめでとうございます。令和4年元日となりました。富山県砺波市は小降りの雪となっています。しかし、青空もほんの少し見させて頂きました。とても気持ち良く、そして清々しい始まりにこころから感謝し、来院される皆さまにも同じお気持ちになって頂きたい!と元の日に強く思います。すばらしい始まりに感謝致します。


令和3年皆さまに感謝

日本国の要!富士山です。海外から帰国したときに飛行機から富士山を目にした瞬間!「あぁ!帰って来たあ~っ」と不思議な安堵感に包まれるのは僕だけではないと思います。やはり富士山は日本人にとって特別なものだと思います。明日は元日!これも同様に特別な思いがあります。もうすぐそのときを迎えるのですが、明日という言葉は『明るい日』と示されます。きっと令和4年の始まりは日本中!いや世界中が明るい!いや、もっと輝かしい始まりになるのだと何故か不思議と強くそう思います。令和3年!拙ブログをご覧くださいました皆さまに厚く感謝を申しあげます。「本当にありがとうございました!感謝です」(礼)

 

富山県砺波市 柴田接骨院 柴田佳一 拝、


最後の波にしたい

昨日は仕事納めでしたので、誉建(ほんたけ)神社に家族で参拝してきました。少し風が吹いていましたが、そんなに寒くもなく非常にありがたかったです。いつもの通り住所と名前をお伝えし、感謝を申しあげてきました。本当に1年!こんなに早く感じたことがないと思っています。やはり頃奈の影響が大きいのかもしれません!これが最後の波となるように今まで以上に「三密回避・手洗い・顔洗い・歯磨き・日光消毒」を徹底したいと思います。^^


祖父の描いた天神さま

 

きのうは12月25日「終い天神」であり、僕の祖父が自ら描いてくれた天神さまをお迎えしました。我が家の家宝なのです!新年25日まで奥座敷にご鎮座になりますので、しっかりとお祀りしたいと思います。ここ富山県ではもう当たり前の神道行事なのですが、これは福井県と岐阜県の一地方だけで行われるものと知ったのが数年前であり、あまりにもびっくりしたものでした。だけども、それだけ菅原道真公に対しての何か不思議な思い入れがあったのだろうと推察しています。横に牛の置き物をさり気なく配置することも僕にとっては、何か途轍もない意味が込められているのだと感じています。


強いひとの言葉

左膝の大ケガを負いながら1992年バルセロナ・オリンピック柔道男子71㎏級金メダルを獲得した平成の三四郎!古賀稔彦さん。そのあとのお母さんと握手をしている写真です。僕も柔道をしていましたので思いはひとつであり、両拳を天に突き上げ涙したのを今でもハッキリと記憶しています。この古賀稔彦さんの言葉が僕と妻のこころに大きく残っています!「強くなくていい!やさしくあれ」本当に強いひとの言葉は、ずっしりとこころに入り込み何故か涙が出てきます。古賀さん53歳は早いよ!