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考えさせられること。

平和ぼけした僕のこころに飛び込んでしまったものがあります。

兎角人間とは、忘れる生きものです。それは恥ずかしながら分かっています。

 

前々回の拙ブログで、『ことば』の事を書きました。正に言葉は!生きています!!以下動画から転載致します。

 

(転載開始)

         女子高生の怒り

 

    旅行先での駐屯地祭の話

  例によって変な団体が来て、私はやーな気分

     その集団に向かって

  一人の女子高生とおぼしき少女が向かっていく

 

 

少女「あんたら地元の人間か?」

 

団体「私達は全国から集まった市民団体で・・云々」

 

少女「で、何しにきたんや?」

 

団体「憲法違反である自衛隊賛美につながる・・

                     云々」

 

少女「私は神戸の人間や はるばる電車のって

        何しにここまで来たかわかるか?」

 

団体「・・・・?」

 

少女「地震で埋もれた家族を助けてくれたのは

    ここの部隊の人や!!

     寒い中ご飯作ってくれて

      風呂も沸かしてくれて

  夜は夜で槍持ってパトロールしてくれたのも・・

       ここの部隊の人や!!

  私は、その人たちにお礼を言いにきたんや!

       あんたらにわかるか?

  消防車が来ても通り過ぎるだけの絶望感が・・・

ここの人らは歩いて来てくれはったんや・・・」

 

 

  最初、怒鳴り散らすように話し始めた少女は

次第に涙声に変わっていった・・・・

 

 

団体は撤退・・・・

 

  彼女が門をくぐった時に守衛さんが

        社交辞令の軽い敬礼ではなく

     直立不動のまま敬礼していた・・・・・・

(転載終了)

 

あの阪神大震災のあとにあった実話であろうと思われます。少し、怒りの感もあるのですが、日本人として失くしてはならない事を

教えてくれています。

 

決して忘れてはならないこと。

風化させてはならないこと。

無念にも旅立たなければならなかった方々の分まで

生きて伝えなければならない。

 

そして今、ここにいることに感謝・・・・。

おかげさまで・・・・。  (礼)     

 

 

 

 

 

 

 

 


ちょっと気になる事。

最近ちょっと気になる事があります。どこに行っても携帯電話!というかスマホ!をしているひとが多く、隣にいるひとと会話をしている光景が激減しているのではないかと思います。

 

前にも拙ブログで、物に依存する危険性を書きましたが今回は、又違う視点で考えたいと思います。日本人は手紙を書いて気持ちを伝えるという文字にこころを込める事を大切にしてきました。

 

僕の中学時代は文通!そのあとは交換日記であったり?まあ~した事ないから分かりませんが!そうだったと思います。きたない字は書けない見せれないと、ひと文字ひと文字にこころを込めて。^^

 

ですから字は、誰の書かれたものであっても達筆が多く、綺麗な字だなあ!と自分もそうなりたい思いで頑張った記憶があります。

 

翻って今はどうだろうか?先日、従弟の子に会った時にスマホをそれは流暢に使うのを見て、書く事はあるのか?尋ねると「パソコンで文書作成にメールで送信ばかりだから書かないなあ」と答える。

 

これからの時代は、益々そのような状況であろうと思われます。が、いつだったか忘れたのですがNHKの朝のニュースの合間でした!毛筆書きをひたすらする若い女性が増えていると紹介されていました。背筋をピンと伸ばし書かれている姿に、日本人の美しさを見た!思いがしました。

 

綺麗な言葉を流暢に話し、字は大切にこころを込めて書いていく事により、攻撃的な口調や欺きや、いじめなど日本人として恥ずべき行為は無くなるものと信じています。

 

機械に依存や振り回される事無く生活出来るようにしたいと僕自身強く思っています。押し付けでなく一考なれば!

次回は、お子さんへの言葉と字の楽しさについて一考します。


垣入!(かいにょ)

僕の住んでいる富山県砺波市は、散居村が有名であり夕日に輝いて点在する家屋と屋敷林は、正に圧巻!琥珀色の大パノラマです。砺波平野の屋敷林は『垣入』と書いて(かいにょ)と言います。家屋をたくさんの樹で囲み、防風や遮光などの温度調節や実のなるものを保存食としたり、落ち葉や枝を燃料にしたり肥料にして活用し、大きく育った樹木を新築や増改築に利用するなどしています。虫が増えたり、木の実がなると鳥がやってきて啄ばみ、糞をして木が育っていきます。生態系がそこに存在し守っているという不思議な空間が生まれます。一軒の屋敷に春夏秋冬丸ごと、生きていく為のものが現れるというか自然と回ってくるのです。先人の知恵がそのまま生きています。富山県では、美しい散居村と屋敷林(垣入)を守る為に保全事業を行なっています。昔から大切に継承してきた日本人としての凛としたもの!ものを大切にし活かすという日本人らしい生き方をもう一度、胸に刻み込みたいものです。日本全国に目を向けてみると砺波平野の『垣入』(かいにょ)の他仙台平野の『居久根』(いぐね)出雲平野の『築地松』(ついじまつ)と3か所あるといいます。出雲と仙台に砺波!この3平野には、もしかして何らかの深い関わりがあるのかもしれません!?何故?と思うと昔から頭をもたげる癖があるものですから、いずれ続編となるかもしれません!?ご存知の方がおられましたらご教授頂ければ幸いです。   拝、


相撲は神事です。

平成25年納めの九州場所も終盤となってきました。両横綱の強さが際立っています!横綱を目指す大関が現れてほしいものです。東西の横綱を今はモンゴル出身の両力士に任せっきりでは日本人として

誠に申し訳ない気持ちがあります。

 

相撲はスポーツとして認識されている。と僕自身も思いますが裏を返せば神道行事なのです。天下泰平、五穀豊穣を願うものです。

大分以前の大相撲観戦に吉田司家(吉田神道)の方がお見えになっていたのを思い出します。

 

日下開山(横綱)は以前に吉田司家が許可を与えられて初めて横綱となったのです。現在の横綱昇進のそれとは全く異質なものであったのです。

 

丸い土俵を立てて見ると、神社でおなじみ『茅の輪くぐり』となり上をると神社の屋根がそのまんま!千木と鰹木がそのままです。

それに行司さんはどう見ても神官です!

 

勝ち負けで陰陽を示し、立行司木村庄之助(陽之助)式守伊之助で(陰之助)をも表します。もちろん東西も然りです。何より、横綱そのものが神社には欠かせない注連縄であり神を表し横綱土俵入りや、勝ち名乗りを受ける際の手刀で造化三神をも表します。

 

まだまだあるのですけれど、キリがないのでこの辺にしておきますが、相撲いや日本という国は本当に奥が深いのです。御遷宮の行事に参加させていただいて確信して参りました。

 

何気なく目にしている事やものに、もう一度顔を洗って見てみるとぼやけて見えるものがハッキリと見えてくるような気がしてなりません。相撲を見る目が変わるかもしれませんね!?(^^)

 

本場所が終わると日本中に巡業されている事にこころから感謝したいと思います。(礼)

 

 

 

 

 

 


雪つり!

昨日はお天道様のご機嫌麗しく晴天に恵まれましたので妻の実家の松の雪つりをしてきました。石川県の兼六園の雪つり作業が始まると同時に、お庭を持つ家でもいよいよとばかりに始まります。

 

妻の実家に到着してすぐに治療家から造園家へと変身した僕は、縄と竹を手に作業開始!義母の「お茶飲んでからにしたら」の言葉に「そのお茶は泡出るの?」と、返し笑いを取って勢いをつけます!午前中に何とか3本の松を作品に仕上げました。

 

なかなか上手くなってきました!?やはり経験を積まなければ上達はあり得ません!試行錯誤や上手なお手本になるひと様の作品を見る事が良かったと思います!ありがとうございます。(礼)

 

昼食を頂いてすぐに午後の部開始です。家の前庭5本を終えて裏庭に移動し、裏庭の中心にある2本の松を作品に仕上げていきます。

最近は16:00も過ぎると暗くなってきますので少し急ぎます!

 

前庭と裏庭あわせて7本の作品を何とか17:00に仕上げ、後片付けを済ませて17:30に妻の実家を後にしました。縄をたくさん使ったので指が疲れました。

 

然し、雪つりは奥が深く庭を庭園に見せてくれるという力を秘めています。庭は同じはずなのに雰囲気が大きく変化するのです。変化というか?格があがる!と言うほうが相応しいのかもしれません。

 

日本の冬の風物詩!造園家の皆さんの腕の見せ所である雪つり作業をして爽やかな疲労感に『日本人に生まれて良かった』とお風呂に浸かって一息ついた時に思った次第です。

 

 


願い!

平成25年度コシヒカリの収穫を9月に終え麦を

作付けし来年の6月に黄金色の麦を収穫します。

 

田圃や農作業などした事も無かった僕でした。

 

妻の実家は農家で義父が頑張っておられましたが

体力の限界!という事で「あとは頼む」と一言。

「え~っ!やった事も無いのに~っ」!?(困)

そのあと美味しいお酒を頂いて気持ちが良くなり「お父さんっ!田圃の事は心配せんでいい!俺にまかせとけ~っ!」(酔)と言っていたと知ったのは翌朝でありました。^^(笑)えへへ。

 

妻に「ねえ本当に大丈夫なん?」と聞かれ「男に二言は無いっ!」と言い放った僕は、しばらく夕日を見て黄昏ていたのを記憶している!?出来るかどうかも分からなかったのですが、ご近所の皆さんが良い方ばかりで、農作業のいろはを本当にさりげなく教えてくださいました。本当にありがとうございました。(礼)

 

そんなこんなで農業に目覚めた頃!?大々的な圃場整備事業が始まりました。今まで作付けしていた田圃を大きく広げていくのです。

来年6月の麦の収穫が終わり次第!いよいよ始まります。

 

何か?ちょっとさみしい気もしているのは何でだろう?休日返上で頑張った事も楽しかったと感じるのは何でだろう?困ったなと思った記憶があいまいになっているのは何でだろう?

 

僕の仕事の研修や学会など、すべてお休みして取り組んできた事もあり僕自身!田圃に対する思い入れは相当重みがあったのだな!と

今になって感じています。

 

来年度はどの様になるのかは今の段階では不明ですが、作付けするのであれば、全面的にお手伝いしたいと思います。

 

農業をもっともっと大事にして瑞穂の国日本を守り食を大切にしてひとを守りたいと強く願っています。

 

 


偽装発覚!について。

最近というか近年を通して偽装問題が多発しています。ホテルのビーフステーキが安価な牛肉に牛脂を注入したものであったり?フレッシュジュースが搾りたてではなく、パック入りのジュースであったり?一体どうしたんだろう?もう信じられません!

 

貝、ウナギ、お米、お肉、お魚、などなど湧き出てくるように!?

そして記者会見で『心からお詫び申し上げます』である!

 

家族でささやかなパーティをして幼い子が「おいしかったね!」って・・・・!やはりこれは、お客様!いや、ひと様に対しての裏切りです。然し、我々日本人には『罪を憎んで人を憎まず』の精神があります。

 

先日の国会中継において元自民党のというか、維新の会の平沼赳夫

氏が教育問題について教育勅語のお話を取り上げておられました。

僕自身も正に然り!その通りであると思っています。

 

この様な日本人として恥ずべき行為はしてはならないと教育においてもう一度伝えるべきと考えています。

 

然し、立派なおとながしたことでこの様なことを書く事になろうとは思いもしませんでした。

ただ残念です!

 

 

 


繋がる!という事。2

元力士の大至さんが唄う『気仙沼線』をラジオで知り、拙ブログで

僕たち夫婦の感じたまま、そのままをお伝えしたところ、大至さん

からこころ温まるコメントを頂き!またその総力を注ぎ込まれました気仙沼線普及委員会さんからも、ありがたいコメントを頂きました。正に繋がる!という事を体験させて頂き、胸熱くこころ温まる思いでした。

 

先日、某新聞社の方が来院された時にその経緯をお話したところ!

富山県射水市出身の音楽家の方と『高田未來』というCDを作成し

岩手の陸前高田市へ届けてこられたメンバーのお一人だとお聞きし

てビックリ!

 

また、僕もよく聞いていたラジオのパーソナリティのお知り合いという!?えっ・・・・。一体どこまで?

 

僕は、大至さんの唄う『気仙沼線』のCDと楽譜をお見せしたところ歌詞を見てすべてを理解されたようで「これはすごく大変だったでしょうね」と、一言おっしゃいました。

 

そんなにも日数が経過したわけでもないのに何故か不思議と繋がっていく・・・・!

 

どうなるかはわからないのだけれども自然に身を任せてみようと!

繋がる!という事に今!胸熱くそしてこころ温まる思いでいます。

 

 

 


土下座について。

最近!『土下座』という日本人にとって特別な言葉について考えてみたいと思います。

 

何故か?それは今、世間で言われている『土下座』はとても違和感がありこのままにしておいてはならない!いとも簡単に思い込みを

してはならない!と強く感じるのです。

 

『土下座』がここまで刷り込まれた(印象的とする方が良いかも)

のは、テレビドラマによるものといってもいいと思いますし、それを否定は出来ないと思います。

 

『土下座』を強要したとして逮捕者まで 現れるとは、僕自身思いもしませんでした。然し、これが『土下座』の本来の意をはき違えている証左であると!僕は思うのです。

 

ここで先ずはお断りをしておきます。このブログに書いている内容は自論であり特定の機関や人物に対するものではありません。

 

「下に~い!下に!」これは、大名行列の際にとる庶民の儀礼的なもので、ここでいう『土下座』とは全く意味合いが異なります。

している事は同じ様でもこころの持ちようが(意識が)違います。

 

最近は、選挙期間中でも目にする事がありますが、これ程日本人として情けなく感じることはありません!そんなパフォーマンス的な

間違った行動をされるので勘違いするひとが出てしまうのです。

 

『土下座』は日本の礼式のひとつであり、土の上に(床等を含む)

直に正座し、手のひらを地につけ、額をも地につけそのままを保ちます。この行為を最低のものとする考えもあることは承知しています。が然し、僕はそんなに軽いものではないと思っています。

 

今の世では、畏れ多い高貴な方においそれとお会い出来るものではありません。個人がその対象者にまたその家族や縁者に対して許されない失態を不本意にも行った場合に『土下座』し深く謝罪する!

自分には出来ない大事を請願の意を込めて『土下座』し懇願する!

 

このような思い!とにかくずっしりと重いものなのだと強く思うのです。最近の意味合いの違うものとは比較にならない!と僕自身は

考えています。

 

とてつもなく深い謝罪や請願の意を表す日本の礼式『土下座』!を

ひとに強制するようなことがあってはなりません!ブームだからと

やたらに行うような軽いものではないのです。

 

僕が一番危惧する一点は、間違った『土下座』を強要された場合に

強要した人物に対するとてつもない憎悪をこころに宿してしまう!

その可能性は人間ですから少なからず起こりうる事と思います。

 

そうなると厄介なもので負の連鎖となりうるのです。(危険)

ひとを呪わば穴ふたつ。自らの墓穴を掘る事となりうるのです。

 

子供たちは敏感です!大人が日本の礼式について意味を取り違えぬようにしっかりと襟を正しましょう。

 

テレビでやっていたからでなく、今話題だからでなく、誰それがやっていたからでなく、何か変だ!本当なのか?疑問に思う事はその

ままにせずに自分自身で調べましょう。

 

流されてはいけません!

 

『土下座』について僕の思うことを偉そうにもこころを込めて書いた次第です。  拝、     

                              

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


繋がる!という事。

9月28日の拙ブログ・すばらしい声に・・・・!と題して

元力士の大至さんが唄う『気仙沼線』を僕のこころに飛び込

んできたまま!そのままをお伝えしました。

 

大至さんの天使の声に僕たち夫婦は、胸に熱いものを感じて

溢れ出る涙を抑えきれませんでした。富山のFMラジオ高岡

から流れる来るたくさんのひとのこころのさけび!!

 

ラジオ高岡から流れた曲はすべてではなかったのですが暫く

は胸の熱い残像がそのまま残り、落着いてから妻と目と目を

合わせました。「なっ何!?」「大至さんの唄!調べてっ」

 

『気仙沼線』だ!初めて聴いて驚きでした。「物凄い!!」

ひとの思い!こころのさけび!が湧き出てくるようだ!!

 

その時に何故か僕の頭の中に「伝えてほしい」と!誰かに

言われたような気がして・・・・・・

 

良いものは伝えたい!これが当院の僕たちの信念である。

思い立ったが吉日!ブログにその強い思いを書きました。

 

暫くしてコメントが届きました。有り難く見てみるとあの

天使の声!大至さんからでした。気仙沼線普及委員会の方

から教えていただいたそうです。大変嬉しく感激でした!!

気仙沼線普及委員会さんからもこころ温まるコメントを頂き

夫婦共々大感激です。ありがとうございます。(礼)

 

僕たち夫婦は、そのこころの込められたコメントを拝読し

こころの共鳴の大きさを感じ!ただただ感動致しました。

 

ひとひとりが、お互いが胸に!こころに響き!共鳴しゆっくりと時間をかけて、そして確実に浸透し伝わっていく。

 「ほんとうに大事なもの大切なことこそ、そういうものなんだ」

と、以前にこころに響いた言葉を思い出しました。

 

繋がる!という事。

こころの共鳴なくしてはあり得ない!

天使が手と手を結ばせて! 

 大きく大きく広がっていく!

 

こころの共鳴を胸に感じてみてください!

 元力士 大至さんの天使の声を!

      気仙沼線 

 作詞:引地達也   作曲:中村つよし

 

     がんばれ東北!